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SZAの「Kill Bill」を考察&解説 / 嫉妬と独占欲から生まれた究極の復讐ファンタジー

2022年、世界中の音楽シーンを席巻したSZA(シザ)のアルバム『SOS』。その中でもひときわ異彩を放ち、彼女をポップスターの座へと押し上げた楽曲が「Kill Bill」です。

クエンティン・タランティーノ監督の同名映画に着想を得た本作で歌われるのは、元恋人への消えない愛情と、それが歪んで生まれた強烈な殺意のファンタジー。グルーヴィーかつブーンバップ調の強さもあるR&Bサウンドに乗せ、あまりにも暴力的で、しかしどこかユーモラスで正直な独白が綴られます。

本記事では、そんな「Kill Bill」の歌詞考察を中心に、和訳を交えながら曲の世界観を深掘りしていきます。

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SZAの「Kill Bill」はどんな曲?


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「Kill Bill」は、SZAのセカンドアルバム『SOS』に収録され、シングルカット後に記録的な大ヒットとなった楽曲です。リリースされるや否や、その衝撃的な歌詞と中毒性の高いメロディで世界中のリスナーを虜にしました。

楽曲のテーマは「愛する人が自分のものでないなら、いっそこの手で…」という、嫉妬と独占欲から生まれた究極の復讐ファンタジー。「独りぼっちでいるくらいなら、刑務所や地獄にいた方がマシ」とまで歌う、痛々しいほどの孤独感が根底に流れています。

ユーモアと狂気が交錯する、悲劇のヒロイン像

歌詞の主人公は、元恋人が新しい彼女と幸せそうにしている姿に苛立ちを隠せません。「私って大人だから」と自分に言い聞かせ、セラピーにまで通いますが、結局は「もし私のものじゃないなら、誰のものにもさせない」という結論に至ります。

この暴力的な妄想を、SZAはどこか軽やかでソフトなボーカルで歌い上げます。そのギャップが生み出すブラックユーモアこそが本作の魅力。「元カレ殺しちゃうかもね、いい考えじゃないけど」と、自分の衝動を客観視しているかのような皮肉めいた視線が、単なる復讐ソングとは一線を画す深みを与えています。

甘美なサウンドと暴力的な歌詞の絶妙なコントラスト

プロダクションは、プロデューサーのRob BiselとCarter Langが担当。90年代のヒップホップを彷彿とさせるブームバップ調のオーガニックなドラムに、メロウなギターとグルーヴィーなベースラインが絡み合う、心地よいミッドテンポのR&Bサウンドです。

フルートのような浮遊感のあるシンセのメロディが、どこかドリーミーな雰囲気を醸し出します。この一見穏やかで甘美なトラックと、歌詞で描かれる血なまぐさい妄想との強烈な対比が、リスナーに忘れられないインパクトを残しました。

ひらめきと偶然が生んだ、あまりにも「簡単」な制作背景

この曲の核となる、一度聴いたら耳から離れないデチューンされたメロディは、プロデューサーの一人であるRob Biselがシンセサイザーのフルートのような音色をいじっている中で、偶然生まれたものだとか。

そのサウンドを受け取ったもう一人のプロデューサー、Carter Langが90年代のヒップホップを思わせるオーガニックなドラムビートやベースを加え、トラックの骨格は完成しました。

深夜のスタジオでこのビートを聴いたSZAは瞬時にインスピレーションを得て、わずか5〜10分という驚異的な速さで「♪I might kill my ex…」という衝撃的なサビの歌詞とメロディを即興で作り上げたそうです。

しかし、SZA本人はその歌詞を「クレイジーすぎる」「馬鹿げている」と感じ、リリースをためらったといいます。そんな彼女をプロデューサー陣が「これは絶対に言うべきことだ」と強く励まし、世に出る運びとなりました。

SZA自身も「ワンテイク、ワンナイトで完成した」「スーパー簡単だった」と振り返るほどスムーズに制作されたこの曲。本人は後に、「そんなに力を入れていない曲が成功したことに苛立ちを感じる」と、そのあまりのヒットぶりに戸惑いを見せるコメントも残しています。

SZAの「Kill Bill」を深読みする

ここからは「Kill Bill」の歌詞の内容を、和訳を用いながら考察していきます。(繰り返しの部分は省略させていただきます。)

※ここでは直訳ではなく、独自の解釈などの意訳を含む場合があります。本記事の解釈が正解と思わず、「考察」「感想文」程度にお読みくださいますようお願いします。

ヴァース1 / ムカつくけど、まだファンなの

I’m still a fan even though I was salty
Hate to see you with some other broad, know you happy
Hate to see you happy if I’m not the one drivin’

Lyric

ムカついてたけど まだあんたのファンでいちゃうし
他の女と一緒にいるのを見るのが嫌。あなたが幸せなのもわかるけど
私じゃないのに、幸せそうなのがムリ

冒頭から、主人公の複雑な心境がストレートに語られます。「salty(ムカつく)」という口語表現を使いながらも、元恋人に対して「still a fan(まだファン)」であると認める部分に、未練と愛情が垣間見えます。

しかし、その愛情はすぐに嫉妬へと反転。「あんたが幸せなのはいいけど、その隣にいるのが私じゃないなら無理」という強烈な独占欲は、この後の悲劇を予感させるには十分です。映画『キル・ビル』で、元恋人への愛と嫉妬から結婚式を襲撃したビル(Bill)の心情とも重なる部分だとか。

「ビビカ・A・フォックスのキャラクターが大好き。ルーシー・リューのキャラクターも大好き。ビルだって好きよ、だって彼ってすごく複雑なんだもん。自分が何をしたのか、その理由すら分かってない感じがするの。感情が欠けてる人なんだけど、”花嫁(The Bride)”のことをあまりにも愛してたから、彼女が他の誰かと一緒にいるなんて耐えられなかった。それがすごく複雑で、クールだなって思ったの。」Entertainment Weekly

プレコーラス / 私って、すごく「大人」だから

I’m so mature, I’m so mature
I’m so mature, I got me a therapist to tell me there’s other men
I don’t want none, I just want you
If I can’t have you, no one should

Lyric

私って大人、大人なのよ
セラピストに「他にも男はいるよ」って言われたけど
他はいらない、欲しいのはあなただけ
もし私のものじゃないなら、誰のものにもさせない

「私って大人だから」と何度も繰り返す様子は、明らかに自分に言い聞かせているかのよう。非常にアイロニカルな表現です。セラピーに通い、客観的なアドバイスまで受けているのに、彼女の心はまったく晴れません。

「他の男なんていらない、欲しいのはあんただけ」という純粋な思いは、次の瞬間、「もし私のものじゃないなら、誰のものにもさせない(no one should)」という、不穏で決定的な一文に繋がっていきます。ここで彼女の思考は、一線を越えてしまったのかもしれません。

コーラス / 独りになるくらいなら、捕まった方がマシ

I might
I might kill my ex, not the best idea
His new girlfriend’s next, how’d I get here?
I might kill my ex, I still love him though
Rather be in jail than alone

Lyric

元カレ殺しちゃうかもね、いい考えじゃないけど
次は今カノ…どうしてこんなことになったの?
元カレ殺しちゃうかも、まだ好きなのに
独りぼっちでいるくらいなら、捕まった方がマシ

ついに、曲の核心である殺害計画が口にされます。「いい考えじゃないけど」と付け加えるところに、かろうじて理性が残っているような、それでいてどこか他人事のような、ブラックなユーモアを感じます。

「まだ好きなのに」という一言が、この行動が憎しみからではなく、歪んだ愛情から来ていることを示唆していて、聴いていてなんとも言えない気持ちになるポイント。

「どうしてこうなっちゃったんだろう?」という自問は、彼女自身も制御不能な感情の渦に飲み込まれていることの表れでしょう。

そして最も重要なのが「Rather be in jail than alone(独りでいるくらいなら、刑務所にいた方がマシ)」という一節。彼女の行動の根源にあるのは、復讐心以上に、耐え難いほどの孤独(別れ)への恐怖なのだとわかります。

ヴァース2 / 妄想から、具体的な計画へ

I get the sense that it’s a lost cause
I get the sense that you might really love her
This text gon’ be evidence, this text is evidence
I tried to ration with you, no murders or crime of passion, but damn
You was out of reach
You was at the farmer’s market with your perfect peach
Now I’m in the basement plannin’ home invasion
Now you layin’ face-down, got me singin’ over a beat

Lyric

もう無理なんだって、わかってた気はする
あなた、ほんとにあの子のこと好きなんでしょ
このメッセージは証拠になる、もう証拠そのもの
冷静に済ませたかった、殺すつもりなんかなかったのに
あんたは手の届かないとこに行っちゃって
完璧なお尻の子とファーマーズマーケットとか行っちゃって
私は地下室で押し入る準備してるし
今あなたはうつ伏せで倒れて、私はその上で歌ってる

妄想は、より具体的で生々しいシーンへと発展します。「ファーマーズマーケット」という平和な日常の象徴と、「perfect peach(完璧なお尻、転じて完璧な女性)」という嫉妬に満ちた表現の対比が鮮やか。元恋人の幸せそうな日常が、彼女の狂気を加速させていくようです。

「地下室で押し入る準備をしてる」という歌詞で、ファンタジーは計画的な犯行へと移行。そして最後の「あなたはうつ伏せで倒れて、私はその上で歌ってる」という一文は、なかなかショッキングで、彼女が完全に正気を失ってしまったことを物語っています。

– プレコーラス&コーラス繰り返し/省略 —

ブリッジ / 全ては愛のために、シラフでやったこと

I did it all for love (Love)
I did it all on no drugs (Drugs)
I did all of this sober
I did it all for us, oh
I did it all for love (Love)
I did all of this on no drugs (Drugs)
I did all of this sober
Don’t you know I did it all for us? (I’m gon’ kill your ass tonight)

Lyric

すべては愛のためにやったの(愛よ)
クスリなんかやらずに全部やった(クスリなしで)
シラフで全部やった
私たちのためだったの、全部
すべては愛のためにやったの(愛よ)
クスリなんかやらずに全部やった(クスリなしで)
シラフで全部やった
わかってる?全部、私たちのためにやったのよ(今夜あんたを殺すつもり)

このブリッジは、まるで法廷での陳述のよう。彼女は自分の犯行が、薬物やアルコールの影響下にあったわけではなく、「シラフ(sober)」で、すべて「愛のため(for love)」だったと主張します。

「私たちのためだった」という言葉は、身勝手な言い分であると同時に、彼女の中ではそれが真実だったことを示唆しています。これは衝動的な犯行ではなく、歪んだ愛と献身に基づいた、意思のある犯行だったという、恐ろしい自己正当化。

彼女の純粋さと、正気の沙汰じゃないのが繰り返しから感じ取れます。

最後のコーラス / 刑務所より、地獄のほうがマシ

Oh, I just killed my ex (My ex, oops), not the best idea (Idea)
Killed his girlfriend next, how’d I get here? (He left me no choice)
I just killed my ex (My ex), I still love him though (I do)
Rather be in Hell than alone

Lyric

元カレ殺しちゃった(あちゃー)やっぱいい考えじゃなかったよね
その次は今カノだった…なんでこんなことになっちゃったの?(あいつが私に選択肢をくれなかったの)
元カレ殺しちゃった、まだ好きなんだよね
独りになるくらいなら、地獄に落ちた方がマシ

ついに、妄想は現実のものとなります。「I might kill(殺しちゃうかも)」だった歌詞は、「I just killed(殺しちゃった)」へと変化。「oops(あちゃー)」という軽薄な合いの手が、事の重大さとは裏腹に、さらなる狂気を感じさせます。

そして、この曲で最も重要な変化が最後のラインにあります。「Rather be in jail than alone(独りなら刑務所がいい)」が、「Rather be in Hell than alone(独りなら地獄がいい)」へと変わっている点です。

もはや現世での罰(刑務所)ではなく、来世や魂のレベルでの永遠の罰(地獄)さえも、孤独よりはマシだと彼女は歌います。

これは、彼女が抱える孤独感がいかに絶望的で、根深いものであったかを示す、あまりにも悲しい結論。愛する人が他の誰かのものになるくらいなら、自分は地獄に堕ちても構わない。その悲痛な叫びが、曲のメロディに溶けていき、強烈な余韻を残して曲は幕を閉じます。

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