SZA 『SOS』を紹介 / 怒りと脆弱性の間に見える本来の姿
前作『Ctrl』から約5年の時を経てリリースされたセカンドアルバム『SOS』。SZAのありのままをさらに捉えたこの作品は、Billboard 200チャートでの初登場1に加え、7週連続1位を記録しました。
今回は、そんな破竹の勢いを見せる話題作『SOS』を紹介。シングル曲の深掘りや、アルバムに込められた想いをお伝えできればと思います。
彼女自身を深掘りした記事も書いているので、あわせてお読みいただければ幸いです。
アルバムに込められたもの
「理想的な女性」になることをやめたSZA
SZAはこのアルバムのインスピレーションとして、「恋愛」や「世間へのフラストレーション」「祖母について(SZAは生粋のおばあちゃん子)」などを取り上げています。
「何曲かは、世間からの嘲笑やネットの中傷に対する批判がテーマになってるわ。対照的に、何も意味しない曲もあるし、おばあちゃんが私に言った言葉がテーマの曲もある。彼女の死を受け入れることとか、あとは元彼についてもね。」Rolling Stone
ただし、それ以上に大きな影響を与えているのが「理想的な女性になることをやめたこと」なのだとか。
「このアルバムは、失恋がインスピレーションになっている部分もあるけど、それよりも「理想的な女性」になることをやめた影響の方が大きいと思う。私は長い間、本当の自分とは全く違う、理想的な女性になろうとしてた。」Rolling Stone
誰かが決めた物差しの中で生きるのをやめ、良い部分も悪い部分も「本当の自分」として受け入れ、理想を目指す必要がないことがアルバムに反映されているそうです。
いくつもの曲で、メンタルの不安定さや怒りなど「一見ネガティブな感情」を出している場面があるように思います。しかし「それも含めて自分」という一貫したテーマがアルバムを貫いていることで、脆弱性の奥の「強さ」が巧みに表現されているのではないかと思いました。
「だってみんなはすでに素晴らしくて、理想なんて誰かが勝手に作り上げたものにすぎない。それぞれの個性を持って生きていくことに意味があるの。」Rolling Stone
サウンドはあらゆる要素を取り入れたもの / R&Bの枠を超えた傑作
現代のR&Bの代表格として君臨してきたSZA。「サマー・ウォーカーや、アリ・レノックスのようにR&Bやソウルミュージックをうまくやる人たちがいると思う」と特定のジャンルに敬意を払いつつも、SZAは「ジャンルに縛られたくない」と語っています。
「私はブラックミュージックを作るのが好きなんだ。エネルギーに満ち溢れたものをね。ブラックミュージックはR&Bだけである必要はない。私たちはロックンロールを始めた。なぜ還元的でなく、拡張的であることができないのだろう?」CONSEQUENCE
アルバムの後半には「F2F」というロック色の強い曲があるのも、「ジャンルに縛られない」大きな要素の一つです。
また、10曲目「Gone Girl」では、白人のソウル・ミュージックの代表格(いわゆる「ブルーアイド・ソウル」と呼ばれるそうです)であるDaryl Hall & John Oates(ダリル・ホール&ジョン・オーツ)の「She’s Gone」フレーズを参照しています。
Gone, gone, girl, gonе, girl
You better learn how to facе it
She’s gone
Oh I, I better learn how to face it
彼らの名前が上がるのは、ポリティカルコレクトネス[*1]の観点から、アウトになりそうな気配もあるそうです。[R]
その上で「良いもの」を枠にとらわれず表現している興味深い一面があるのがこの「Gone Girl」です。
これから先の音楽に使わないのはいいけれど、これまでの歴史を「なかった」ことにされると哀しい。文化の割り当てとか、搾取とか寒々しい言葉で人種問題をチクチクやるより、「いいものはいい、私はこれに影響を受けた」とストレートに出すシザの姿勢は好ましい。note:池城美菜子/Minako Ikeshiro
さらにアルバムの最後、ウータン・クランの故・Ol’ Dirty Bastard(オール・ダーティー・バスタード)のフリースタイルで終わる流れも含め、いかに今作がR&Bにとらわれていないなものなのかが分かります。
ポリティカルコレクトネスは、人種・民族・宗教・ジェンダー・職業・年齢などにおいて差別・偏見的な表現を避けようという態度・考え方のこと。特定の言葉や表現、行動や所作などで人を不快にさせないよう配慮する姿勢です。ポリティカルコレクトネスによって守られるものがある一方で、表現の自由についてや、差別と区別の違いについての難しさも議論されているようです。
プロデューサーもSZAの音楽多様性を認める
「Nobody Gets Me」や「Special」に携わったソングライター兼プロデューサーのBenny Blanco(ベニー・ブランコ)は、「彼女はロックもポップスもカントリーミュージックもできる」と語ります。
「このアルバムで彼女は多くのリスクを負い、人々がナイーブで、彼女がやり遂げられると思わなかったことをやったと思う」CONSEQUENCE
「彼女は何でもできるんだ。彼女はロックもポップスもできる。カントリーミュージックもできる。彼女を止めるものは何もない。絶対に。」CONSEQUENCE
また「Shirt」に携わった伝説のプロデューサーRodney Jerkins(ロドニー・ジャーキンス)は、SZAのソングライティングを「今のゲームの中で最高」と称えています。
「彼女のペンさばきは、間違いなく今のゲームの中で最高のペンさばきの一つだ。彼女はラッパーとボーカリストが一緒になったようなものだ。」COMPLEX
アートワークではダイアナ妃が感じたであろう孤独感を表現
アルバムカのバーアートは、1997年に撮られたダイアナ妃の写真を彷彿とさせるもの。実際に彼女の写真からインスピレーションを受けたものだそうです。
SZA as Princess Diana pic.twitter.com/7hcxB4vjLj
— SZA Charts (@ChartingSZA) November 30, 2022
『SOS』のカバーアートは、本来は船舶の上で撮るはずだったそうですが、それにともなって参考にしたリファレンスの中にダイアナ妃の写真があり、採用に至ったのだとか。
ダイアナ妃が感じたであろう「孤独感」を、本カバーアートで表現したのだそうです。
SOSのシングルカットを紹介
1st.Good Days
2020年12月25日リリース。ビルボード・ホット100で9位を記録し、第64回グラミー賞の「最優秀R&Bソング」にノミネートされています。
もともとは、2020年9月リリースのTy Dolla $ign(タイ・ダラー・サイン)との楽曲「Hit Different」のMVの後半に登場した曲です。
作曲・ボーカルには、イギリス、ロンドンのアーティストJacob Collier(ジェイコブ・コリアー)が参加しています。アウトロ部分の「You’ve been making me like I’m」というフレーズは、ジェイコブ・コリアーの曲「In Too Deep」から引用しているものだそう。
これまでのネガティブな要素に区切りをつけるような内容の一曲で、アルバムの他の曲と比べても、ポジティブな未来へ目を向けているのが印象的です。
All the while, I’ll await my armored fate with a smile
その間、鎧の運命を笑顔で待つわ
Still wanna try, still believe in
まだやってみたい、まだ信じてる
Good days, good days, always
良い日々を、良い日々を、いつでも
Always inside (Always in my mind, always in my mind, mind)
いつも心の中に
Good day living in my mind
良い日々は心の中で生きている
また、上記のジェイコブ・コリアーとのコーラス部分では、目を向ける未来を「armored(鎧)」と表現。「未来は誰にも支配されないよう、鎧で守られている」という意味を示唆しているのだそうです。[R]
2nd.I Hate U
2021年12月3日リリース。もともと、2021年8月22日に「Joni」という曲とともにSoundCloudで公開された曲です。ビルボード・ホット100で7位を記録し、ホットR&B/ヒップホップ・ソングスおよびリズミック・エアプレイ・チャートでは1位を獲得しています。
元(?)恋人へ向けた怒りと、痛み・悲しみの感情が行き交っている様子。ムカついているが、いまだに彼を「ベイビー」と呼んでいる部分からも「歯痒い感情」が読み解ける気がします。
I be so sick of you niggas, y’all contradicting
あんたたちにはうんざり、矛盾してるわ
I be so bored with myself, can you come and fuck me?
自分に退屈してる、私のところへ来てヤってくれない?
I feel so ordinary, sad when you around me
自分がとても平凡に感じる、あんたといると悲しくなるの
Treat me like corduroy, wear me out
コーデュロイのように私を扱って、クタクタにさせて
実は歌い出しの「あんたたち」は、特定の恋人(男性)を指すのではなく、「すべての人」に向けた普遍的な言葉だともされています。
現在、該当するツイートは削除されていますが、「I Hate U」の歌い出しについて、「私はみんなに話していたんだ。男にじゃない。」「I Hate Uは普遍的な感情だったんだ。」とも述べています。[R]
また、同時期に投稿されたツイートでは、「自分を解放するために曲をリリースするんだ」と語っています。最初にサウンドクラウドにアップしたのも、「プレッシャーから解放されて自分の考えを捨てる場所が欲しかっただけ[R]」なのだとか。
And please know when I drop anything it’s not for y’all . It’s to free my motherfucking self .
— SZA (@sza) May 4, 2022
そして、私が何かをドロップするとき、それはキミらのためではないことを知っておいてね。自分を解放するためなんだ。Twitter
恋人に対する面と、世間に対する面と、ふたつのフラストレーションがグラデーションされている、ダブルミーニングな曲なのかもしれませんね。
3rd.Shirt
2020年10月7日にSZAのInstagramのストーリーで断片的に公開されたあと、ファンによってTikTokに流用され、バイラルとなった曲。TikTokではダンスチャレンジまでスタートし、当時タイトル未定だった本曲は、ファンによって「Shirt」と呼ばれ始めたことから、本当に「Shirt」になったそうです。
I heard y’all named the tik Tok song “shirt”lol . I’m fine w that
— SZA (@sza) January 8, 2021
Tik Tokの曲を「シャツ」と名付けたそうね(笑)。私はそれでいいと思ってるわ。Twitter
そんなバイラルを産んだトラックの産みの親は、ビヨンセ、メアリー・J・ブライジ、ブランディなどを手がけた伝説的プロデューサーのRodney Jerkins(ロドニー・ジャーキンス)。SZAは彼と仕事をを共にするのが夢だったと語っています。
「ブランディやエイメリーとの仕事ぶりを見て、彼と一緒に仕事をするのが夢だった」COMPLEX
Bloodstain on my shirt
シャツについた血の跡
New bitch on my nerves
新しい女にイライラする
タイトルを回収するような上記のラインから見てとれる全体像は、ある恋人に対しての恨み節。どこか狂気・怖さがあるのに、そんな人間的な部分に魅力が詰まっている気がします。
In the dark, right now
今、暗闇の中
Feelin’ lost, but I like it
迷子になりそう、でも、それがいい
Comfort in my sins and all about me
自分の罪と自分の全てが慰めになる
上記のリリックは聖書の概念(ヨハネによる11章10節)を用いたとされるラインだそうで、「光と闇」「救いと罪」の概念に目を向けているのだそう。[R]2バース目で「太陽」が登場するのもその対比だと思われます。
暗闇での「闇堕ちしている(欠点のある)自分へ心地よさ」と、太陽(光)の元で「前を向こう。このままだと私やばい」と自己認識する部分が対比になっているのかなと思います。
ちなみに「シャツについた血の跡」は、「ライバルの女への復讐」「犯した罪」「彼女の苦痛」「跡を残すこと」など、色々な比喩表現の説があるようです。いずれもリスナーの解釈に委ねられているのが面白い部分だなと感じました。
4th.Nobody Gets Me
アルバムリリースと同じ日である2022年12月9日にミュージックビデオが公開された曲です。
How am I supposed to let you go?
どうやったらあなたを手放せる?
Only like myself when I’m with you
あなたと一緒にいるときだけ自分が好きになれるの
Nobody gets me, you do (Do) You do
誰も私を理解してくれない、あなただけ
この曲は実際の元婚約者との別れの歌で、言い争う模様を描きながら、彼がどれほど大きな存在だったかを歌っています。
「この曲は私の元婚約者の話で、私たちがどんな口論を繰り返し、別れたかを歌ってるんだ。最初に別れたときはとても恐ろしくて、残りの人生を地獄で過ごすことになるような気がした。彼は私の人生の中で、もう存在しないような絶対的な存在だった。それはもう正気の沙汰じゃないわ。」genius
ちなみに、歌い出しの「Took a long vacation No make-up, just JAY-Z(長い休みをとった メイクもせず、JAY-Zみたいに)」の「JAY-Zみたい」とは、JAY-Zの私服がカジュアルである部分から来ているのだそう。彼はハイエンドブランドを着ていても、ラフなスタイルを好んでいるのだとか。
5th.Kill Bill
最後のシングルは、本アルバムの中でも一番パンチのある曲といえる「Kill Bill」。ビルボードのストリーミング・ソングスとビルボード・グローバル200チャートで初の1位を獲得した、アルバム中でも1、2を争う人気曲です。
この曲は、クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』をモチーフとしていて、嫉妬からくる元恋人への殺害ファンタジーが描かれています。
I might kill my ex, not the best idea
元カレを殺すかも ベストなアイデアじゃない
His new girlfriend’s next, how’d I get here?
その次は彼の新しい女 どうしてこうなった?
I might kill my ex, I still love him, though
元カレを殺すかも まだ愛してるけど
Rather be in jail than alone
一人でいるより刑務所にいる方がマシ
「Shirt」では、”狂気を感じる恨み節”と表現しましたが、この曲はさらに猟奇的。サウンドのキャッチーさも相まって、サイコパス感満載の一曲です。
ミュージックビデオも映画さながらで、高クオリティの痛快さのある作品に仕上がっています。
最後に
SZAセカンドアルバム『SOS』を紹介させていただきました。今回紹介したのはほんの一部ですが、シングルカット以外にも、全23曲それぞれに良さがあると思います。
全曲解説については「Gone Girl」の部分で一部引用させて頂いた、池城美菜子さんのnoteの記事が死ぬほど有益な内容なので、ぜひチェックして頂きたいです(後半有料ですが、絶対的にその価値あり)。
また、こちらも引用させて頂いたRolling Stoneのインタビューもあわせてお読みいただくと、このアルバムが一層味わい深くなると思います。
では今回はここまで。最後までお読み頂きありがとうございました。
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・Wikipedia「SOS (SZA album)」