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Joey Bada$$(ジョーイ・バッドアス)とは / ブルックリンの秀才が歩んできた道

Artists HipHop Music

「自分の絵をどう描くか誰にも教えてもらいたくないし、ある絵しか描けないなんて言われたくないんだ」

と語るのは、ブルックリンのラッパーJoey Bada$$。彼は成長と発展を繰り返し、音楽・ファッション・俳優と様々な分野で活躍しています。オリジナリティを常に追求し、自身の影響力を自覚し、声なき声を大衆へ届ける力を持つ人物です。

今回はそんなJoey Bada$$について、音楽的な部分を中心に紹介。ラップを始めたきっかけや、Pro Eraクルーについて、これまでのリリース作品など、彼が歩んできた道のりを辿っていきます。

目次

  1. Joey Bada$$の軌跡を辿る
    1.幼少期
    2.2010〜 Pro Era発足、『1999』のブレイク
    3.2015〜『B4.Da.$$』『All-Amerikkkan Bada$$』
    4.現在〜 新アルバムへの歩み

Joey Bada$$(ジョーイ・バッドアス)

 

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名前 Joey Bada$$(ジョーイ・バッドアス)
本名 Jo-Vaughn Virginie Scott(ジョー・ヴォーン・ヴァージニー・スコット)
生年月日 1995年1月20日
出身 ニューヨーク・ブルックリン・フラットブッシュ
主な作品 MIXTAPE
・『1999』2012
・『Summer Knights』2013
ALBUM
・『B4.Da.$$』2015
・『All-Amerikkkan Badass』2017

Joey Bada$$の軌跡を辿る

幼少期

Joey Bada$$はニューヨーク市ブルックリン区のフラットブッシュ出身。西インド諸島出身の両親の元で育ちました。彼の家族がアメリカに在住するのはまだ歴史が新しかったそうです。

「母はセントルシア出身で、パトワと呼ばれる、基本的にフランス語の崩れた言葉を話すんだ。父はジャマイカ出身で、彼らはカタコトの英語を話すけど、それはそれでファニーだよ」Interview Magazine

ビギーの影響でラップをスタート

ラップを始めたのが「冗談じゃなく、生まれた頃からなんだ」と語るジョーイ。2歳でビギー(The Notorious B.I.G)の「Hypnotize」を歌っていたのを古い記憶に持っているそう。

「Hypnotize」はハードなリリックの曲なので、今思うと「これが赤ん坊の頃に歌っていた曲かよ」と思ったそうです。

「小学1年で詩に触れたとき、”ああ、これはビギーがやっているやつだ。こういうの好きだな “と。当時の俺にとっては、ビギーがそれだった。最終的にはJay-Zがそれになったけど、ビギーはベッドスタイ出身ということもあって、俺らは彼に憧れて育ったんだ」Interview Magazine

幼い頃からビギーに触れて育ったことや、出身がベッドスタイ(ニューヨーク市ブルックリン区の中央に位置する地区)と近かったこともあり、ラップにのめり込むきっかけとなったそうです。

2010〜 Pro Era発足、『1999』のブレイク

15歳の頃Youtubeにあげたラップ映像がスターダムのきっかけ

15歳になったジョーイは「どうすれば人気が出る?」と考えていました。そこで考えたのがWorldStarHipHopでバイラルになること。

「学生時代の友人がデジタルカメラを持っていて、フリースタイルのビデオを録画したんだ。周りの仲間に盛り上げてもらいながらラップしたよ」Interview Magazine

そのビデオはWorldStarHipHopに100回ほど送ったそうですが、結局反応はなかったそう。

そこで「なんとか公開したい」と考えたのがきっかけで、YouTubeに『15-year-old freestyles for WorldStar』なるタイトルで動画をアップ。その後、当時ハーレムのSmoke DZAやミシシッピのBig K.R.I.Tなどを手掛けていたマネージャー、Jonny Shipesに発見されました。

Jonny Shipes:「Yo、ワールドスターで君のビデオを見たよ。あれは最高だ。俺に連絡してくれ。会ってみたい」

と連絡が来たのだそう。「こんなに上手く行くなんて信じられなかったよ」と語っています。

WorldStarHipHop(ワールドスターヒップホップ)アメリカの有名なヒップホップメディア。「ゲットーのCNN」とも呼ばれるほど大きな影響力を持ちます。公式Youtubeチャンネルの登録者は2500万人超え。

Pro Era Crewの発足

もう一つ、Joey Bada$$のブレイクの大きな要素として外せないのが、彼の所属するクルーPro Eraの存在です。

「最初は4人で始めたんだ。俺と(Capital)STEEZ、仲間のCJ Fly、そしてPow Peだ。みんな同じエドワード・R・マロー校に通っていたんだ。授業をサボって講堂の舞台裏に忍び込み、ひたすら韻を踏んでいた。生真面目なやつらだよ」COMPLEX

音楽における「新しい時代(Progressive Era)」と自負し、略称として『Pro Era』と銘打っています。

「名前はSTEEZとPOWが考えた。俺たちは進歩してるんだ。」COMPLEX

ラッパー、DJ、プロデューサー、アパレルラインデザイナーまで、幅広いメンツの24名(R)が集結。西海岸で爆発的な人気を集めていたOdd Futureと並び称され、ニューヨークの新世代コレクティブとして人気を博しました。

Joey Bda$$のデビューミックステープ『1999』から半年後には、クルーのコラボレーション・ミックステープ『PEEP: The aPROcalypse』もリリースされています。

Pro Era – 『PEEP: The aPROcalypse』

デビューソロミックステープ『1999』が注目を集める

2012年6月12日にはJoey Bada$$のデビューミックステープ『1999』がリリース。Lord Finesse、J Dilla、MF Doomなど業界のベテランのビートも起用され、「ヒップホップの黄金期」と呼ばれる90年代のムードを醸し出す作品です。

「90年代はヒップホップの黄金時代と言われているよね。その黄金時代の最後の年という意味でこの名前をつけたんだ。最後の望みのようなものだよ」Impose Magazine

この作品でジョーイは「ブーンバップの救世主(90年代のラップミュージックへの回帰者として称賛された)」と称えられます。若干17歳という若さにも関わらず、新世代のヒップホップMCとして、彼の存在感や立ち位置を確立した作品となりました。

しかし、ジョーイは「必ずしもこれが全てではない」と、リリース当時から感じていたようです。

「ゴールデンエイジ系のサウンドは、いつも俺が作るものとは限らない。ある日、なんとなく出会ってそれが自分だったんだよ。このサウンドが好きだったから自分がやるべきことだと思ったんだ。A$APがやっているような曲は、決して俺からは生まれないとは限らない。結局のところ、俺は俺なんだよ。一生ブームバップをやっていくわけじゃない。」Impose Magazine

さらに、キャリアを重ねるに連れ『1999』での称賛は「自分の幅を制限するもの」と考えることもあったそう。

「最初は自分がいた時代とは違うからと誇りに思っていた。誰もその波に乗っていなかった」Genius Youtube

「それがアーティストとしての俺の問題になったんだ。自分を制限しているように感じた」Genius Youtube

「自分の絵をどう描くか誰にも教えてもらいたくないし、ある絵しか描けないなんて言われたくないんだ」Genius Youtube

この成功に敬意を払いつつも、あくまで「アーティストとしてのステップの一つ」だと考えているのが伺えます。

後の作品を聴いてみても、彼のこだわりは「最高の作品」であり、「90年代(黄金時代)」や「ブームバップ」への執着は無いように思います。

また、2013年7月1日には2作目のミックステープ『Summer Knights』がリリース。『1999』がジョーイのハッピーな面を描いたのに対し、『Summer Knights』では彼のダークな面を反映したそうです。

『Summer Knights』

スティーズの死

『1999』が注目を集め、クルーのミックステープ『PEEP: The aPROcalypse』がリリースした直後の2012年12月23日、プロエラクルーの創設者であり、親友、兄として慕っていたCapital Steezが亡くなります。

スティーズはプロエラクルーの活動を始めとした、ジョーイの活動を後押しした唯一無二の存在。『1999』にも収録された「Survival Tactics」は、ジョーイの人気の火付け役となった楽曲でもありました。

「つまり…俺はベストを尽くしてる…自分の考えに没頭しすぎないようにね…。本当に辛いから。兄弟や親友を失うようなものだからさ」Sway In The Morning

生前からスティーズが魅了されていた数字「47」は、ジョーイの脇腹にも刻まれ、彼の存在がどれほど多大なものであったかが伺えます。

兄貴はいつも俺の背中を押してくれた。ハッピーバースデーキング。あなたは俺の人生をより良いものに変えてくれた。いつまでも恩にきるよ。
47の数字「47」は第4チャクラ=心臓。第7チャクラ=第3の目を指した数字で、つまり心を表しているそうです。この数字が「バランス」「平和」「愛」「真実」を象徴しているという考えから、スティーズは47ムーブメントを生み出しました。47のロゴはわざと鉤十字(ナチス・ドイツにより用いられた十字マーク)に似せて、物議をかもすようにしたのだそうです。

2015〜『B4.Da.$$』『All-Amerikkkan Bada$$』

ティーン・エイジャーの間に多くの名声を獲得したJoey Bada$$。将来性もふまえて多くの注目が集まっていたのは想像に容易いですが、彼は大手のレーベルに所属することなく、独立的な形で活動を続けていきます。

『B4.Da.$$』でこれまで築いたものを洗練させる

2015年1月20日にリリースしたデビューアルバム『B4.Da.$$』では、ディラ・ビートやウータンのラインの再利用、DJ PremierやStatik Selektahなど、クラシックの雰囲気が色濃いサウンドラインを活用。

ヒップホップ史への敬意を感じさせながらも、現代的に自身のスタイルへ昇華した印象を受ける作品です。

自分のアドバンテージを知りながら、単なるノスタルジアラップと言えない一線を画すものを感じます。自分の言いたいことを言う土俵に持ち上げた感じとでも言いましょうか。

ジョーイは作品について以下のように語っています。

「このアルバムではJoey Bada$$のあらゆる面を深く掘り下げたキャラクターを表現している。『1999』プロジェクト以来、そしてセカンド・プロジェクトの『Summer Nights』を発表して以来、人々は俺の音楽のコントラストに気付き始めたんだ。『99』は俺のハッピーで若い面、『Summer Nights』は俺のダークな面を表している。B4.Da.$$.はそのコントラストを追求し、基本的に俺がなぜこのような人間であるかを知ってもらうためのものだよ」Oyster Colored Velvet

『All-Amerikkkan Bassa$$』で声なき声の代弁者となる

亡き親友キャピタル・スティーズにちなむ2017年4月7日にリリースした2枚目のアルバム『All-Amerikkkan Bassa$$』。

「Amerikkkan」の綴りはSTEEZのソロデビューミックステープ『AmeriKKKan Korruption』と、白人至上主義団体Ku Klux Klan(クー・クラックス・クラン)にちなんだもの。自身の体験に焦点を当てた『B4.Da.$$』とは打って変わり、社会的・政治的なメッセージが反映された作品です。

米国内では依然として非武装の黒人が警官に暴力をふるわれ、ドナルド・トランプが大統領に選出。そんな最中にリリースを迎えたこのアルバムで、ジョーイは問題を議論することを決め、声なき声を表に出しました。

「前作は自分が経験したことに影響を受けた作品だけど、自分のことだけを考えているわけじゃない。俺たちのことなんだ。俺の人生は決まっている。今は他の人の人生を手助けしたり、何が正しいのか、何が間違っているのか、何が人間なのかを理解する手助けをしたいんだ。俺の失敗や信念、俺が経験したクソみたいなことから、彼らは学ぶことができるんだ」Interview Magazine

また音楽制作面では、「初めて音楽の作り方を学んだ」と新たな面を語り、今までの作品とは明らかな違いがあったことを語っています。

「『All-Amerikkkan Bassa$$』で、初めて音楽の作り方を学んだんだ。それまではビートに乗せてラップするだけだったのが、今回はミュージシャンを集めて、部屋に座ってアイデアを出し合った。それは、ブラガドシオのようなタイプのものだったよ。」Interview Magazine

Braggadocio(ブラガドシオ)ラッパーが自身を自慢する際に語るもの。その韻律。引用されるものには、身体能力、戦闘能力、富、性的能力、クールさなど様々なものが含まれるそうです。言い回しも「俺は最高のMCだ」と単純なものから、ウィットに富んだ言い回しのものまで様々。

〜現在 新アルバムへの歩み

『All-Amerikkkan Bassa$$』から約3年の月日を経た2020年12月には、3曲入りの作品『The Light Pack』をリリース。リード・シングル「The Light」は「魂(ソウル)」、Pusha Tをフィーチャーした「No Explanation」は「心(マインド)」、 Roy Ayersをサンプリングした「Shine」は「体(ボディ)」をテーマにし、コンセプチュアルかつスピリチュアルに仕上げられた作品です。

「3年ぶりだから、マインド、ボディ、ソウルのための新曲3曲はどうだ?お前ら全員愛しているぜ」

この『The Light Pack』は、次作アルバムに続く序文のようなものであり、これまでの最高傑作へ向けた大きなステップの一つです。

ジョーイは次作への長い沈黙を「ファーストフードじゃない」と皮肉り、最高傑作のためには時間をかける必要があることを述べています。

俺には時間が必要だ。俺は自分の人生について、自分の経験について話しているんだ。それは6ヶ月では実現しないこともあるし。半年の間に、アートで表現するほどの重要なことが起こらないことだってある。あるいは、自分が経験したことを処理するのに、さらに半年間必要なこともある。最高の作品を作るためには、時間をかけるしかないんだよ。名作でないものには妥協しない。COMPLEX

2022年中にはリリースされるという次回作。「THE REV3NGE」や「Head High」など、2022年初頭からコンスタントにシングルをリリースしている点から考えて、アルバム発表の秒読み段階に入っているのかもしれません。

乞うご期待ですね。

最後に

彼が『1999』をリリースした2012年頃にタイムリーで知り、時代を経て、現在でも彼の音楽を楽しめることを嬉しく思います。

Pro Era時代の「俺らめちゃくちゃイケてるだろ」っていう雰囲気も好きでしたが、今のジョーイのコンシャスなスタイルもまた良いですね。

人気ラッパーで、オシャレで、演技もできて…っていう一見きらびやかに見える青年が、社会に問題意識を持って、声なき声の代弁者になろうというある種のギャップのようなものに魅力を感じるのかなーとも感じました。

今回はここまで。最後までお読みいただきありがとうございました!

Reference

Interview Magazine「Joey Bada$$ tells Rami Malek how he uses his music to stand for something bigger」
COMPLEX「Who Is Joey Bada$$?」
COMPLEX「Joey Badass Talks New Album, Being Underrated, Paco Rabanne, and More」
Impose Magazine「INTERVIEW WEEK: JOEY BADA$$」
Genius「Joey Bada$$ On ‘1999’, Using Type-Beats and Capital STEEZ Competition | For The Record」
Sway In The Morning「Joey Bada$$ Freestyles and Has a Brief Heartfelt Discussion on the Loss of Capital Steez」

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facebook.com/fckingbadass

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